『オーディオの低音』と『コントラバスの低音』

『オーディオの低音』と『コントラバスの低音』の、お話。

 

  

 一言で『低音』と言っても、昔と今では世の中から『求められている低音』というものは変化しています。

 

 

 近年、私が感じていることは、現代のオーディオ機器(スピーカーやヘッドフォン)の〈低音〉と、コントラバスの〈低音〉が、全く正反対の位置にあるように思います。

 

 

 

 

 私は幼い頃から(自作派)オーディオマニアの父親の側(そば)で遊んでいましたので、世界中の高級オーディオ機器にも、その内部部品(コンデンサーやスピーカーユニット、真空管など)にも、日常生活の中で触れてきました。

 

 

 当店の天井に吊ってあるTANNOY(タンノイ・英国)のスピーカーユニットは、1976年にTEAC(ティアック)が日本の輸入代理店になった年に購入して、Fostex(フォステクス)に依頼をしてエンクロージャー(箱・アンプでいうところのキャビネット)を製作してもらった、と父親は話していました。



 

 だから、もう45年以上前のものになります。

 

 この時代も含めて、私の感覚では1990年代後半までは、この写真のTANNOYのように、スピーカーユニットの大きさに対して、かなり大振りなエンクロージャーを使用したスピーカーシステムが、高級オーディオの世界では主流だったように思います。

 

 

 

 しかし、2000年に入った頃から、その流れに変化が起こり、わりと小振りなエンクロージャーに、目一杯の大きさのユニットを押し込むようなシステムが増えてきます。

 

 これは『日本の住宅事情』とか『オーディオ機器の技術的な進化』というよりは、その時代に求められるサウンドを追い求めた結果、という印象があります。

 

 

 

 

 

 前述のTANNOYのような、古いタイプのスピーカーシステムの〈低音〉はその空間の空気も利用するような、深い響きを伴った低音を排出します。

 しかし、欠点としては、構造上、輪郭の明瞭な音程感のある低音を再現するのは苦手な傾向があります。

 

 逆に現代のシステムは、音程感のある低音が得られ、音の押出しの強い〈低音感〉も得意です。

 ただし、空間に広がるような低音は苦手で、それはアンプなどの再生装置の性能に依存することになります。

 

 

 

 元々、昔から響きの少ないスピーカーシステムは存在しました。

 レコーディングスタジオなどに置いてある『モニター用』と称されるスピーカーが、それです。

 

 それこそ昔は “モニター用なんて、音楽を聴けたものではない。” などとオーディオマニアの間では言われていたようですし、敬遠されていることも知っていました。

 

 

 それが、現代では立場が逆転をして、モニター用のようなサウンドが主流になった、という。

 

 

 その理由は幾つかあるとは思いますが、あくまで私個人の推測としては、やはりiPodのような、いわゆるMP3プレーヤーの登場だと思います。

 

 人々が、スピーカーを通して音楽を聴くよりも、ヘッドフォンやイヤフォンを通して音楽を聴く機会が増えてきたことにより、(たまに聴く)スピーカーから出る音に求められるサウンドが、ヘッドフォン寄りになった。という仮説。

 

 

 ヘッドフォンやイヤフォンは、振動板による強制振動で、〈ほとんどの音〉を聴くのですから、音の自然な〈響き〉は弱いです。

 

 それは小さなエンクロージャーに、目一杯の大きさのスピーカーユニットを搭載させた時のサウンドに似ています。

 

 

 昔は『スピーカーのサウンドに近い音色の出るヘッドフォンを。』という選び方が主流で、それこそ AKG の『K240』などが有名でしたが、その『K240』も昔(30年以上前)と現在では、若干、サウンドが違う印象があります。

 おそらく、現代に合わせてサウンドをアレンジしたのだと思います。

 

 

 

 もう一つは、〈音楽〉そのものが変化しています。

 これもMP3プレーヤーの登場期からの変化なのかもしれませんが、低音に関していえば、より明瞭で引き締まった低音が要求されるようになったと感じます。

 

 

 

 1年ほど前でしょうか? 友人と高級オーディオの専門店へ行った時のこと。

 

 とあるスピーカーの前に立った時に、なぜかモアモアと全く音程感も音量感も感じない音が出ているシステムがありました。

 

 “これで良いのか?” と不思議に思ったのですが、友人が “とりあえず、座って聴いてみよう。” とスピーカーの前の椅子に座ってみたところ・・・全ての音が明瞭に聴こえます。

 

 さすがにこれには驚いたものですが、世の中の住宅事情に合わせて開発設計されたものなのか知れませんが、このシステムでは、空間の空気を纏った(まとった)ような低音は得られません。

 

 

 

 

 さて、ここでコントラバスの話。

 

 コントラバスという楽器の構造は、前述の古いオーディオシステムのように、空間の空気を揺らすような〈低音〉を排出する楽器です。

 

 でも、現代の、楽器を演奏する多くの人々は、その音楽を聴く環境の中では〈低音の響き〉を体感せずに生活をしているので、どうしてもコントラバスという楽器に求める〈低音〉が、現代のオーディオのような、響きの少ない低音をコントラバスに求められる傾向がある・・・というのが、私が仕事をしていて感じることがあります。

 

 

 

 特に初めてご来店いただいたオーナーと、その楽器の調整の段取りを話している時に、〈違和感〉を感じる時があります。

 

 

 コントラバスという楽器が、空間の空気を揺らすような〈響き〉を伴った低音が理想であることは、オーナー自身も知っている。

 

 でも、依頼される音色は、オーナーから説明を聞く限り、非常にタイトな、響きの少ない音色を要求する言葉を並べているのだが・・・よくよくオーナーからの要求(想い)を聞いてみると、『楽器本来の性能を生かした豊かな響きの低音が欲しい。』ということらしい。

 

 ということが、よくあります。

 

 

 

 結局、日々の音楽生活、特に『音楽を聴く』という生活の中で、コントラバスのような空気感のある低音に触れる機会が少ないので、結果的に『コントラバスの音色』というものを見失ってしまうことが、少なからずあるようです。

 

 『聴いたことのない音を、言葉で表現するのは難しい。』ということかもしれません。

  

 

 

 

 古い時代のオーディオシステムで、現代に録音された音楽を聴いた時に、音のバランスの悪さに絶句する時があります。

 それは、現代の録音が悪いのではなく、現代の、情報量の多い録音に古い機械が追いついていないという問題と、そもそもオーディオ機器に対して『求められている〈音〉が違う』ということも言えます。

 

  

 コントラバスも同じように『響きが無いなんて、コントバスじゃない!』といって、響きばかりで音程感のない音色を作ってみても、それは現代の音楽の現場では〈使えない〉ということになります。

 

 

 

 これは、非常に『落としどころ』が難しい問題で、常に『コントラバスとは何か?』ということと、『現代に求められる〈低音〉とは何か?』を問い続け、その絶妙なバランスの落としどころを見つけて、楽器の調整をする必要があります。

 

 

 

 今回製作した『Phil Jones Bass オーディオ』は、現代的な設計のスピーカーユニットを、少し大きめなエンクロージャーに入れることで、明瞭な低音と、響きのある低音を上手く混ぜ合わせることができました。



 

 

 

 これからの時代のコントラバスに求められる音色というものは、どういうものなのだろう?

 そんなことを、よく考えています。

 

 『コンサートホールで、良い音。』『ライブハウスで、良い音。』『レコーディングで扱いやすい音』・・・それだけではなく、やはり聴衆、普段、日常生活で音楽を聴く人々の側(そば)にある〈音〉、オーディオ機器の音色の流行に、少なからず左右されてくるのかな、とも感じます。

 

 

 コントラバスばかりを見ていても、コントラバスは解りません。