珍しく仕事道具の話。

 碓氷健吾 作  銘『魂(たましい)』  寸六の台鉋(だいがんな)です。







 碓氷健吾氏は、当代随一と謳われた鉋鍛治(鉋を専門に作る鍛治)でした。  宮大工や、超一流の木工職人が愛用をするような鉋が、何故か私の手元にある…。  今回は、そんなお話




 この鉋を手に入れたのは、おそらく2009年で、我が家の小学生の息子が生まれる少し前です。

 その頃には、現在、私が使用している道具たちが殆ど揃っています。  その多くはオーダーメイドで、名工と呼ばれる鍛治師の方々に、自ら設計図を描いて作っていただいたものです。  だから『碓氷健吾』という鍛治師の偉大さは、充分に存じ上げていました。

 その当時、私が愛用していた鉋は、横坂正人氏の『楽山』という銘の鉋で、これも木工の世界では有名なものでした。


 日本の伝統的な打ち刃物は、基本的に大工の仕事(日本建築)に合わせて鋼や地金の硬度が決められている印象がありました。  建築で使用される材木は、主に針葉樹です。  私たち弦楽器職人は、コントラバスの表板にはスプルースという柔らかい針葉樹を使用しますが、カエデ(メイプル)のような硬めの広葉樹も多く使用します。  そのため、必ずしも大工の世界で高評価のものが、仕事で扱いやすいとは限りません。

 そのあたり、『楽山』という鉋は、日立安来鋼・青紙1号という、わりと硬くて粘りの強い鋼で作られていて、地金の部分には非常に柔らかい軟鉄を使用しています。  結果的に、削った時の感触はの非常に柔らかく粘りを感じつつ、力強く削ることができます。

 『楽山』は、非常に豪快さを感じる鉋ですが、正直に言うと、もう少し繊細さも欲しかった。

 そんなことを考えているときに、馴染みの道具屋から、 “碓氷さんの鉋を買いませんか?”  と、声をかけられました。

 実は、過去にも何度か、その道具屋からは、 “碓氷さんの鉋を買いませんか?”  と声をかけられていました。  私は、その度に断ってきました。  そして私は『楽山』を買ったわけですが…。

“私のような半人前の職人が、碓氷さんの鉋を持つ資格はない。”  と、私は考えていました。

 その日、その道具屋は執拗に、私に碓氷鉋を薦めてきます。  その当時、碓氷健吾氏の製作した鉋は『碓氷鉋(うすいがんな)』という、一つのジャンルで語られていました。

 その日、執拗に碓氷鉋を勧める道具屋に、 “私が碓氷鉋を手にしない理由はご存知だと思いますが、それでも勧めるのは何故ですか?”  と、私は質問をしました。

 すると、道具屋は顔を曇らせて話し始めます。  碓氷氏は2012年に逝去されました。  だから、この話の2009年は最晩年にあたります。  碓氷氏は当時、癌を患っていて、公には引退ということになっていました。  そのため、碓氷氏の製作した鉋は使用目的ではなく、投機目的として買い占められ、価格が急騰していた時代でもありました。  そのことを碓氷氏も、碓氷氏と昵懇の道具屋も憂いていました。

“貴方なら、碓氷さんの鉋を大切に〈使ってくれる〉と思うので。”  と道具屋は話を続けます。

 確かに、私は道具屋には常に、 “私の道具には、装飾的なものは不要です。”  と言って、実用的な意匠以外は排除して設計図を描いてきました。

 話を聞いて、道具屋の想いは理解しました。  それでもやはり、碓氷鉋は、私には高価すぎる。

 金額面で無理があることを道具屋へ伝えると、 “う〜ん。それでは私が碓氷さんのところへ行って、話を付けてきます。”  と、道具屋が言い出します。  それを聞かされて遠慮している私に、 “大丈夫ですよ。碓氷さんには『碓氷さんの鉋を使いたいと言う若い職人がいるんだけど、近いうちに子供が産まれるらしく、金銭的に余裕がない』と素直に言いますから。”  と、道具屋は満面の笑みで言いました。

 そう。だからこの碓氷鉋を手に入れたのが『息子の生まれる少し前』と明確に覚えているわけです。


 そして道具屋は碓氷氏のところへ行って、 “碓氷さんの鉋を使いたいと言う若い職人がいるんだけど、近いうちに子供が産まれるらしく、金銭的に余裕がないんですよ。”  と、碓氷氏に話をしたそうです。


 そこで碓氷氏、 “ほぉ。そうかい。それでは、これを持っていきなさい。”  と、碓氷氏は道具屋に2枚(2セット)の鉋の刃を手渡しました。  それも非常に格安で。

 そして、道具屋から連絡がありました。  その鉋の銘は『剣魂(けんこん)』と『魂(たましい)』です。  私は道具屋に『硬材(広葉樹など)でも負けない刃が欲しい』と要望を出したので、この2つは『炭素鋼』ではなく、鋼に集種類の添加剤が投入され作られた『特殊鋼』です。

 やはり大工の世界では、炭素鋼の方が人気が高かったように思います。  特殊鋼の方を『混ぜ物』と言う人もいましたので。

 その当時、碓氷健吾 作『剣魂』は非常に人気のある銘でした。  『魂』という銘は、その道具屋も見た事はないと言います。  おそらく、試作ではないが、一般的な銘のものとは少し違う製作工程なのだろう。と道具屋は推察しました。  そのあたりは、碓氷氏は何も説明せずに、道具屋へ手渡したそうです。

 そこで私は、迷わず『魂』を選びました。

 鉋は刃だけでは成立しない。  木の部分の〈台〉が必要です。  道具屋は、西村木工という超一流の台職人に鉋の台の製作を依頼しました。  もっとも碓氷氏ほどの鉋となると、西村木工以外に選択肢はありません。


 そして完成した鉋。  その価格は…格安。 “あぁ。今回は私が(鍛治の文化のために)無理を言って買っていただいたのだから、私としては損が出なければ、それで良いです。”  と道具屋は言いました。

 もう、“この価格では、絶対に手に入らない。”というぐらいの格安で購入してしまいました。

“『若い職人が碓氷さんの鉋を使いたい』と碓氷さんに伝えたとき、すごく嬉しそうでしたよ。”  と道具屋に教えていただきました。



 私にとって仕事道具は、演奏家にとってのコントラバスと同じ。  自分の想いに応えてくれる道具に出会いたいし、手にすることができれば、それは生涯の相棒となります。


 私の使用する道具の多くは、超一流の名工に、私が自ら設計図を描いて作っていただいたもです。  そして、この鉋は、道具屋と碓氷健吾氏の好意によって、私の手元へやってきました。

 私は自分の仕事道具を手にするときに、 “どうだ。私は、こんな素晴らしい道具を持っているんだぞ!”  と自慢も慢心も湧いてはきません。

“自分は、これらの道具を作った鍛治師に恥じない〈仕事〉ができているのだろうか?”  と、自らの気持ちを引き締めるのです。




※碓氷健吾氏の作業風景と、鉋製作の解説の映像を見つけました。  撮影が2011年なので、本当に最晩年のお姿となります。

 撮影時で84歳なのですが、重い槌を振るう力強さと、それに反する軽やかな槌音がテンポ良く美しく鍛冶場に広がります。