『耐える』を学ぶ

 先日、父親の友人の、大工の親方の娘さんと、久しぶりにゆっくりと話をする機会がありまして。

 その親方は数年前に他界しているので、思い出話に花が咲いたわけですが。



 その娘さんに、“従業員とかを雇ったりは、しないのですか?” と質問を受けた時に、私は “う〜ん、あたしとか親父さん(親方)が誰かを〈雇う〉ということは、一般企業の〈雇用〉とは少し意味が違って、少なからず〈修行を受けさせる〉という意味合いも出てくるから、簡単に雇うわけには、いかないのだよ。” と返します。



 その大工の親方は、15歳(中学卒業)の時に青森県から大工の修行に東京へ来たという、凄い人。

 そこから独立をして、高い技術と知識を持ちながらも、最後まで弟子をとりませんでした。


 いつであったか、“やっぱりね、僕や君のような修行の仕方は、もう時代に合わないんだよ。” と親方が話されていたことを思い出します。




 “父は、家では仕事の話を一切しなかったので、父の仕事のことは、詳しくは知らないのですよ。” と娘さんは苦笑をします。


 “そうだなぁ・・・いわゆる一般職と、あたしたちのような〈職人〉と言われる人種の決定的な違いは、(鍛えあげられた)忍耐力ってところかなぁ?” と、そんな話になります。





 “『精神がぶっ壊れても、折れずに耐え続けられる。』それが〈職人〉という人種の特徴。”

 私がそういうと、娘さんは “あ。それわかる。” と嬉しそうに応えます。



 何か目の前に困難があった時に、逃げない。

 いや、正確には『〈逃げる〉ということを知らずに育った。』が正解。


 あの、もはや人間扱いをされていないような、修行の最初の下働きを経験すると、〈逃げる〉か〈自我を捨てて耐えるか〉の二択しかないわけで、〈逃げる〉を選択していれば現在は無いわけで、その古い時代の職人たちは全員が〈耐える〉を選択して生き抜いてきた人々です。





 『我慢をする』ではなく、職人の『耐える』。

 なんだろう、何か苦しいことがあった時に、瞬発的に自分の心から深く深く根を張り出して、心が揺さぶられないように耐える。

 そんな感じ。


 そう。じわじわではなく、瞬発的に。





 そもそも職人の下働きなんてものは、己の精神の限界を超えた領域を求められるものですから、ずっと耐え続ける。


 仕舞いには、精神が壊れ始める。一時的に。

 状況によっては、“おいおい、廃人じゃねか。” というぐらいまで落ち込んだとしても、大丈夫、心の根は腐っていないので、しばらく経つと、復活をする。


 それを何度も何度も繰り返して、下働きの時期に『耐える』を学ぶ。

 それが身に付けられないと、下働きを終える前に、去っていくことになります。





 娘さんと話をしていた時に、“そういえば、親父さん、体調が悪い時(持病があった)に、現場に酸素吸引のスプレーを持ち込んで、仕事仲間に隠れて酸素を吸いながら仕事をしていた、と言っていたな・・・。” と思い出しましたが、それは話しませんでした。





 今の時代の自己啓発やらコーチングのような思考が主流の、いわゆる前向き思考が蔓延している世の中に対して、〈職人〉の思考は、前向きでも後ろ向きでもなく、苦難に対して『思考を止めて、ただひたすら耐える。』ということが基本。


 短期で見れば全く生産性が無い。

 でも長い職人人生で考えれば、意外とカメのように、じっと嵐が過ぎ去るのを耐え忍ぶのも、良いのかな、と個人的には思います。私の経験として。






 以前にも記事にしましたが、私の下働きの時代を考えても、4年間の下働きで、丸3年までは『我慢』できましたが、4年目からは、ひたすら『耐える』しかなかったです。


 あの4年目の頃は、もはや仕事に対して期待や希望は無く、どちらかというと、先の見えない絶望感の中で仕事していたように思います。







“父は凄く我慢強い人でした。” と娘さんは嬉しそうに話します。


“親父さんは、職人特有の激情を家庭に持ち込まないように徹底していたのだと思う。 あたしなんて家族を巻き込んじゃって。 どちらが良いのか悪いのかってのは、それこそ、職人個人の性格次第なんだろうけど、やっぱり親父さんは立派だよ。”


 と、私は笑いながら応えたわけで。