『よく鳴る楽器』という定義について。
“『よく鳴る』というのは、あくまで主観だ。” と演奏者の方々が話されるのを耳にすることが少なくありませんが、演奏者の方々の『よく鳴る』と、弦楽器職人からの視点の『よく鳴る』では、少し違い、そこに『主観』は存在せず、あくまで合理的に判断をして『鳴る・鳴らない』を見極めます。 簡単に言えば、弦楽器職人が『鳴る』と判断する楽器は、その楽器の持っている本来の性能を活かした〈音〉が出ていれば、その楽器は『鳴る』という判断になりますし、そうでなければ『鳴らない』ということになります。 判断材料としては、『楽器の形状』『楽器の横幅』『楽器の胴の深さ(横板の幅)』『塗料の種類』『塗料の厚さ』『材木の品質』『板の削り出しの厚みのバランス』『表板・裏板の厚みのバランス』『(古い楽器であれば)適切な修理をされているか?』『駒の状態』『駒の調整方法』『魂柱の位置』など、複数の事例に対して的確に状況を読み取りつつ、総合的に『本来であれば、このような音が出るはずだ。』と製作者の意図を予測して、それと実際に弾いてみて、そこに誤差が少なければ『よく鳴る楽器』と判断します。 だから、例えば板の削り出しの製作工程で、あえて低音を抑え気味になるように意図的に削り出されているのに『この楽器は低音が弱いから、鳴らない楽器』と判断することは間違い、ということになります。 あくまで、その楽器の本来の個性(製作意図)が活かされていれば、その楽器は『よく鳴る』ということになります。 だから、『古い楽器だから、よく鳴る』とは言い切れませんし、『新しい楽器は鳴らない』とも言えませんし、『高価な楽器は、よく鳴る』『安い楽器だから、鳴らない』ということも、ありません。 あくまで、その楽器の置かれた状況の中で最善な状態であるかが重要なのです。 当店にご来店いただくオーナーの方々からは、 “絃バス屋さんは、楽器を売り込まないからねぇ〜。” と、よく言われますが、別に『販売店ではない』という立ち位置だから売り込まないのではなく、現状のオーナーが使われている楽器と、そのオーナーの追い求める〈音〉に決定的な乖離(かいり)がなければ、楽器の調整技術で対応できるのですから、それでも無理に売り込むということは、厳しいことを言ってしまえば、 “私の調整技術は未熟で、あなたの要望には応えられないので、手っ取り早く楽器を買い替えてしまってください。” と、職人として敗北宣言しているようなものです。 とはいえ実際に、オーナーの追い求める音と、オーナーの手にしている楽器の音との乖離があり、どうしても調整では解決できない場合というものがあります。 そういう時には、 “これは・・・相性の良い楽器を探した方が良いかもしれませんねぇ・・・。” と判断せざるを得ない場合もあるわけですが・・・だからと言って、その現状の楽器が『鳴らない』ということでは無いわけです。(ここ重要です。) 『楽器が鳴る・鳴らない』は、あくまで、その楽器の本来持っている性能が引き出せているか・いないかが判断基準であって、あまり演奏者の好みで判断されるべきものでは無いと、私は考えています。 もっとも、弦楽器職人それぞれに『楽器が鳴る』の定義は違うような気もしますし、興味のある方は、日頃、自分の楽器を調整に出している弦楽器職人に質問してみるのも良いかと思います。 少なくとも、私の基準は、こんな感じです。