Orienteの二代目という立場

40年以上前の話ですが、Chaki(茶器弦楽器製作所)の親方が、東澄雄(ひがし・すみお)に、Chaki を引き継がないかと話を持ちかけました。

 しかし、東澄雄は、それを辞退し、のちに自ら Oriente を1979年に立ち上げます。


 数年前から、息子の東義教(ひがし・よしのり)が二代目として、東澄雄から Oriente を引き継ぎ任されています。

 先日、その Oriente の二代目と話をしていたときに、

“やはり〈背負うもの者〉と〈背負わないもの〉との違いは大きいなぁ。”

 と感じました。




 Oriente の二代目も、私も、Chaki から始まった60年を超える歴史の流れの中で〈楽器製作に対する想い〉を継承する直系の身ですが、実は、私はその〈歴史〉を背負っていない。

 『背負っていない』というと語弊がありますが…私は〈正統な後継者〉では無いという意味です。

 例えるならば、Oriente の二代目が〈本家〉に対して、私は〈分家〉のようなイメージでしょうか?



 ここ数年、〈本家〉である二代目の覚悟をいうものを非常に強く感じます。

“あぁ。『〈歴史〉を背負う』とは、こういうことか。”

 と、二代目を見ていて感じることが増えました。



 私などは、確かに親方である東澄雄から〈想い〉を受け取った人間ですから、それを何らかの形で次世代へ残す責務はありますが、Oriente を背負う責務からは外れています。

 そこに、言っては申し訳ないが、気楽さがあります。


 よく申しますが、『伝統の継承』というものは、非常に束縛が大きいく、世間一般から賞賛を受けるほど美しいものでも無いように思います。


 こんな気楽に職人生活を送っている私でさえ、(精神的な)自由の無さを感じています。

 簡単に言えば、職人として生きていく上で、『絶対に(親方である)東澄雄の名を傷つけるようなこと(技術・感性・生き様)があってはならない』という大前提があるわけです。



 その上で、受け継いできたものの全てを背負って生きる覚悟を決めたOriente の二代目は、

“なかなか、大したものだな。”

 と思うのです。



 近年、『伝統』『継承』『師弟』『修行』などという言葉は手垢がついてしまったような、軽い言葉となってしまいましたが、その〈本物〉というものは、その身に受ける者にとっては、人生に多くの犠牲を伴い、その覚悟を思って〈受ける〉ものなのだと、私は考えています。