『鑿(のみ)』という道具(刃物)の種類の中に『突き鑿』というものがあります。  コントラバス製作において、この突き鑿は、万能包丁のように様々な場面で活躍する、最も重要な道具の一つになります。      私も突き鑿だけでも6本ほど所有していますが、今回の写真のものは、その中の主力として使用してきた物です。  写真の左から、初代・二代目・三代目、そして一番右側が、駒を立てる専用に使用している鑿です。  駒立て用の鑿は、いわゆる一般的な突き鑿とは、ちょっと違いますね。

   初代も二代目も、はじめから刃が短かったわけではなく、元々は8cmほどの長さがあったものが、研ぎ上げて使用していくうちに、このように短くなりました。  これでも、まだ鋼が残っているので、普通に使えます。          オリエンテで修行を始めたころ、その修行生活のほどんどが雑用であったのですが、それでも一通り、親方から道具を与えられます。  その中の一つが、〈初代〉の突き鑿です。        例えば宮大工の世界などでも、『一番研ぎやすい鑿は8分(はちぶ=24mm)』と言われていて、刃物の研ぎの練習は刃幅8分の鑿を使用することが多いそうです。  確かに、8分は研ぐのも、実際に削るのも、非常に扱いやすいと思います。  こちらの二代目と三代目が、8分です。    とはいえ、私は全く何も知らずに修行の世界に飛び込んだわけですし、おまけに4年間の下働きで、ほとんど楽器製作に関わることが許されていなかったのですから、初代の突き鑿は『実際に使用している時間よりも、研いでいる時間の方が長かったのでは?』と思うぐらいに・・・あまり出番もなく、短くなっていったような気がします。    もっとも、一般的に認知されている、金槌や木槌で叩いて使用する『叩き鑿』と違い、突き鑿の場合は柄(持ち手の部分)が長いので、研ぐときに重心が後ろに掛かってしまうので、上手く研ぐには少しコツが必要です。    まぁ・・・刃物の研ぎの技術が下手だと、無駄に刃物が短くなっていきますね。        そして二代目。  こちらは、確か親方から譲り受けたので、私が使い始めた頃には、すでに少し短かったような気がします。  この鑿の詳細は知らないのですが、おそらく使用されている鋼は日立金属の安来鋼・白2号あたりの感触なのですが、焼き入れの問題か焼き戻しの問題か、削ったときの〈味〉は、かなり硬い感触で、長時間使用していると、肘(ひじ)に大きな負担をかけてしまいます。  この鑿の難点は『鋼も硬けりゃ、地金も硬い!』と言ったところでしょうか?   この鑿は確か・・・京都の菊一文字だったような気もします。  菊一文字といっても、新撰組の沖田総司の愛刀とは全く関係ありません。      そんなこんな、我慢をしつつ二代目を使用して、それが短くなってきた頃に、現在の三代目となります。

    “凡庸で、特に何か優れた性能を持ち合わせてりるわけでも無い、こんな古い鑿など、もう捨ててしまえばいい。” と思わないでも無いですが、まぁ、これもまた一緒に修行時代を乗り越えてきた戦友なので、使える場所を見つけては、使っています。        同じ突き鑿であっても、鋼の硬度や地金の硬度によって、刃を研ぎ上げる角度は変わってきます。    そのあたり、コントラバスの調整作業が、その楽器一つ一つに合わせて違うように、刃物を研ぎあげることも、鑿の一つ一つ、その個性に合わせた調整が必要になります。          職人が『道具を愛する』というのは、演奏者が『楽器を愛する』ということと、感覚的に非常に近いような気もします。