文化を支える

昨年末だか、今年の年明けだったか…Oriente の二代目と電話で話をしていた時の話題。  今の時代の(日本の)コントラバス職人の役割とは?    先日、日本のコントラバスの昔話を投稿しました。  それに関連した話題です。      時代によって、コントラバス職人に求められてきたものは違う。  二代目と、そのような話題になります。   茶木絃楽器製作所(Chaki)の始まりは、1947年。 ヒガシ絃楽器製作所(Oriente)の始まりは、1979年。    Chaki は、第二次世界大戦の復興途上の日本において『世の中にコントラバスを普及させる』という役割(使命)を担いました。    Oriente は、Chaki が日本にコントラバスという楽器を普及させた土台の上に『学校教育の中に、品質の良いコントラバスを普及させる』という役割(使命)を担いました。    実際、Oriente の功績は大きく、Oriente が立ち上げられてからの40年間で、日本の教育現場には吹奏楽において、コントラバスという楽器の文化が根付きました。        Chaki の始まりから約70年。  Oriente の始まりから約40年。 “やっとコントラバスの文化が成熟を始めたのではないか?”  二代目とは、そんな話題になります。    Chaki が種子を撒き、Oriente が芽を伸ばし、今の時代に花を咲かせました。

“それでは、これからの時代のコントラバス職人は、どうあるべきなのか?”   その答えは非常に難しい。      ただ、二代目と認識を共通したことは “今までの在り方では、コントラバスの文化を衰退させてしまう。” ということ。  先人たちの過去に偉業を決して否定するものではありませんが、先人たちと同じような価値観でコントラバスに向き合っても、もう意味がない。      現状維持では意味がない。  現状維持では、確実に衰退へ歩みを進めます。    まぁ、結局は明確な答えを得られていなくても “思考だけは止めるな。” ということは間違いない。      『文化を支える』ということは、(職人が)腕自慢のような自己アピールに精を出しているようでは意味がない。  意識ばかりを身につけることで、己の未熟な技術に対して、知識という贅肉を纏わせて楽器の使用者を惑わすようでは意味がない。    やはり、こればかりは、ここの職人が今一度『コントラバスの文化』ということに向き合い、次世代に何を伝え残すのかを己の心に問いかけ続けなければ、この成熟した文化も長くは続かずに衰退していくのかなと考えています。