職人教育

 今の時代の教育は『褒めて伸ばす』が主流で、私の時代は『叱って伸ばす』が主流。    どちらが良くて、どちらが悪いという話ではなくて、どちらにも大切なことは『教育する側の人間が、責任を持つ』ということ。      褒めるにしても、叱るにしても、その(発言をする)人の言葉に責任が伴わなければ、何の意味もないどころか、成長を妨げる毒にすらなってしまう。        近年の、SNSやブログの流れを見ていて、“この状況って、どうなのかなぁ?” と感じています。      無責任に褒められる、職人が。  SNSやブログで。    言葉が軽くなったこの時代、『名人』や『名工』や、時には『匠』であったり『神』であったり、空虚な褒め言葉が散乱している。    そして、SNSでは、気軽に『いいね!』が量産される。        人間、褒められると嬉しいものですが、度を超えると、慢心する。      特に今の時代の(私と同世代以下の若い)職人は〈修行〉を経ていないから、忍耐力も自制心も弱いし、それゆえ〈自分〉というものを客観視することが難しい。      職人の在り方というものが、受け継いだ技術の継承や、音楽文化の発展のためではなく、とにかく自分のためだけの職人(技術)だという、個人主義というものが主流になりつつある。  そんなことを、先日も記事にしていますが、それは間違いないことだと思います。        個人主義の価値観で、さらに周囲から(無責任に)褒められ続けると、どうなると思いますか?    正解は『裸の王様になる(≒慢心する)』です。          昔から『職人(特殊技能保持者)』というだけで周囲から〈チヤホヤ〉されて、慢心をして身を持ち崩していく職人という者は、けっこう居ましたし、私も実際に、そういう人間を目にしています。      ただ現代は、昔とは比べものにならないぐらいに〈誘惑〉が増えています。          『職人が仕事を褒めていただく』ということは感謝なことですし、それは仕事への励みになるわけですが、やはり、それが度を超えると、毒になる。    それは、私自身に対しても同じことです。

     『客が店を育てる』という言葉があります。    それとは逆に、これからの時代は『(知らず知らずに)SNSが職人を褒め殺す』という現象が、ひっそりと職人の世界を犯していくように感じます。      とはいえ、当店の現状を考えた場合、これだけ大量に投稿しているわりには、フォロワー数の増加率も低いですし、記事対する『いいね!』の数も、それほど多くはないので、日頃から “読み手の方々が、一つ一つ吟味して判断をしてくれているな。” と感じながら、記事を載せています。  感謝です。               もっとも、そもそもSNSなんてものは、気軽にポチポチ『いいね!』を押していて良いものなのですが、そこに『職人の成長』というものを合わせて考えたときに、“ちょっと、一歩立ち止まって考える必要があるのではないかな?” と思うわけです。      コントラバスという楽器に限らず、弦楽器という世界に限らず、〈職人〉といわれている人々には、少なからず同じような影響はあるかと思います。          ただ、それを良い方向に考えるのであれば、SNSでの皆様からのフォローや『いいね!』、ブログでの応援記事は、職人にとって大きな励みにもなりますし、それが仕事にも大きな影響を与えています。    それだけ、演奏者の皆様が、(特に若い)職人の成長に大きく関わっているというわけで、それは私の若い時代では有り得ないことです。        今の時代の職人は、〈親方〉や〈師匠〉という存在は失いましたが、SNSやブログを通じて、多くの演奏者からの応援を得られる時代になりました。          世の中、ボチボチと動き始めました。    停滞していたものが、また動き始めた時代、ここから、今まで以上に『演奏者が職人を育てる時代』が進んでいくと思います。    皆様が、“俺たちが、次世代の職人を育てるのだ。” という想いを、心の片隅に置いて、優しく、時に厳しく、支えていただければ幸いです。