コントラバスを調整する際に重要なことは、駒の上で、弦の振動を上手くコントロールすることです。 (魂柱を移動させるという方法も主流ではありますが、魂柱によって調整をする場合には、音色全体が変化してしまうので、細かな音色や音量の調整は、やはり駒での調整が一番良いかと思います。)
例えば、1弦(G線)の音を太くしようと思った場合、単純に1弦だけを狙って調整をしても意味が無く、4弦(E線)側の響きから持ってこなければ、どんなに頑張って調整をしても1弦に『音に芯があって、なおかつ響きのある音』を作り上げるのは難しいと思います。 逆に、4弦(E線)は基本的に〈響き〉というか、4弦だけを狙った調整で音に輪郭を出すことは難しいので、4弦を鳴らしたときに1弦側も上手く共振させることで、音に輪郭を与えることができます。 どの音に対して、どの音を共振(響き)として引っ張ってくるのかは、その楽器を調整する職人の感性によって微妙に変化するかと思います。(楽器の個体の癖によっても、また違います。) そうやって、楽器の音を、単一ではなく、幾つかの音をブレンドさせて『音の響き』と『音の芯』のバランスを整える作業によって、最終的に低音域から高音域まで、同じ音色に仕上げることができます。 それが『楽器の調整』です。 この調整の作業工程には確実な〈定義〉があって、安価な楽器でも高価な楽器でも、新しい楽器でも古い楽器でも、全く同じ定義で調整が可能です。 それは、何か特別なことではなく、単純な物理的な現象を読み切ってコントロールしているだけの話ですから、どんな楽器でも同じように反応するわけです。 『ウルフトーンを消す』という技術も、その〈定義〉を理解できれば、それほど難しい技術ではありません。 昔から、よく見る駒の削り方ですが、写真(駒のアップ)のように1弦側と4弦側、いわゆる駒の両端を薄くして、駒の中央を厚く残す削り方がありますが・・・これ、実は、この削り方ですと、4弦の音には芯も輪郭が無く(=音程感がない)、1弦の音には芯ばかりで響きがなく、2弦と3弦の音量が小さく響きも弱い・・・と、その楽器を試奏するまでもなく、目視で判断できます。
さらに、この写真の駒を判断すると、1弦と2弦の音量が、3弦・4弦に比べて極端に小さくなるかと思います。 そして、このようなアンバランスな削り方をしている駒は圧倒的にウルフトーンが発生する確率が高いです。 私の経験上、ウルフトーンは楽器の性能以上に、駒の精度が大きく影響しているように思います。 このような駒の削り方は、私が修行時代から見かけたので、ここ最近の流行・・・というわけでは、なさそうです。 この駒の調整方法を肯定的に捉えるとしたら、『豊かな低音域を狙いつつも、音抜けの良い高音域を追い求めている』と表現しましょうか? そう考えてみると、20年ほど前までは、そのような音色が好まれていたような気もしますし、特にジャズなどで使用するピックアップマイクも、現代ほど高性能ではなかったので、楽器側で、このような調整をした方が結果的に扱いやすかった、とも考えられます。 ただ、昔はそれが最善だったとしても、その調整方法をそのまま現代に持ち込むと、逆に非常に扱いにくい楽器になるかと思います。
もはや好き嫌いの問題ではなく、音楽の現場は常に変化し続けているのですから、楽器の調整方法は、時代に合わせて変化し続ける必要があります。 駒の調整技術というものは非常に面白いもので、考え始める止まらなくなり、真夜中の作業場で楽器と向かい合って、じっと問答をしているような時もあります。(近所迷惑になるので、音は出せません。) 終わりがありそうで、終わらない。 一つ、新しい〈定義〉を見つけると、これまでの調整技法との組み合わせで、これまでとは全く違った楽器の響かせ方が見つかったり。 最近、また一つ、新しい可能性が見えてきたもので、それを確実なものにするために、あれやこれや実験を繰り返しています。 楽器の調整技法というか、理論というか、理念というか、『楽器の調整』というものに対しての考え方は、職人によって微妙に違うと思いますし、それで良いと思います。 ただ、大切なことは、自分の楽器を調整するときに、職人と、よくよく話し合って、その楽器の調整の方向性を決めていかなければ、決して『答え』は出ることはないですし、楽器自身もオーナーの想いに応えてはくれません。
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