職人、今昔。

 メーカーを退職する数年前か、1年ぐらい前か・・・その日、残業(といっても自主製作)を終えて誰もいない事務室のソファで横になって休憩していると、親方の奥さんがやってきたので雑談となる。

“最近の職人さんは子供の病気(病院に連れて行く)とか学校行事とかで仕事を休むけど、お父さん(親方)なんかは全然、子育てなんてしていなかったのよねぇ。”  と奥さんは話す。

 親方が茶木絃楽器(Chaki)から独立するまでは昼夜を問わず仕事に没頭し、独立してヒガシ絃楽器製作所(オリエンテ)を立ち上げた頃は、寝る間を惜しんで楽器を作り続けたそうな。 “まぁ・・・『時代は変わった』と言えば、そうなんだろうけどねぇ。”  と、奥さんは、どうも消化不良だという表情で話を続けた。

 もっとも・・・オリエンテで一番〈気分屋〉の職人が・・・私だったのだが・・・。

 自分が修行を始めた20年前なども、確かに親方は日曜日こそ休まれていたようだが、あとは土曜も祝日も関係なく、仕事場としては休日だろうが関係なく楽器を作り続けていたように思う。

 そうやって常に自らを厳しく律して修行を積んできた親方から見れば、自分の20年の修行の内容などは『まだまだ甘い!』ということになるのは間違いないし、現在の状況を見たなら “なんとも〈ぬるい〉仕事をしているのだ!”  と叱られてしまいそうで恐いのだが、 “そこは・・・これが自分の『職人として生きられる環境の限界』なのだろうなぁ・・・。”  と心の中で言い訳をしてみたりもする。

 まぁ、これでも京都時代などは、家族には申し訳ないと思うぐらい自分の仕事を最優先にさせてもらってきたし、それでなければ、こんな時代遅れな古典的な修行など続けられるわけもなかった。  親方が若い頃とは明らかに『時代は変わった』のは事実であって、そもそも『作れば売れる』という時代でもない。  そういうことは京都時代から自覚していたし、そういう中で『どうやって修行を積んでいくべきなのか?』というのは、常に考え続けてきた。

“はてさて、これからの時代の職人の修行ってのは・・・難しいだろうなぁ。”  なんてことを、今朝、息子を幼稚園に送りながら、ボ〜ッと考えていた。