継承 その3

 しばらく前に、書家(書道家)の師範の方とお話をさせていただいたときのこと。  その書家の方は、私が子供の頃から存じ上げていて、私も書道教室に通っていましたが、その先生ではなくて。

 久しぶりに、ゆっくりとお話をさせていただく機会があったときに、 “あなたが高校を卒業して京都へ修行へ出て、また、こうやって独立をして帰ってこられて・・・あなたが、どのような修行を積まれて行くのか、その頃(20年以上前)からとても興味があって、いつか、ゆっくりお話を聞いてみたいと思っていたのですよ。”  と、仰って(おっしゃって)いただいて、“恥ずかしながら・・・・・・” と、私の職人としてのこれまでの歩みをお話しさせていただきました。    これまで紹介してきたように、私は親方には厳しく育てていただきました。  その書家の師範は、私の話を聞いて、 “あなたは、本当に良い親方さんに恵まれましたね。”  と、喜んでくださいました。 “私も師範として多くの弟子を育ててきましたが、近頃は歳のせいか、ずいぶんと弟子にも甘くなってしまいましてね。”  と、書家の師範は、ゆったりと語ります。 お歳は確か、80歳を超えておられたような・・・。

“もう私は老い先も短いものですから、『なんとしても、私の持っているものの多くを弟子たちに残してやりたい』という焦りが、どうしても弟子たちを甘やかしてしまうのですね。”  私は書家の世界には全く詳しくないのですが、書道会には『師範』の資格を得るための昇段試験があるようで、それがまた非常に難しいものらしいです。(・・・そりゃ、当然ですよね。) “もう何度も受からない弟子がいて、私にはどこが悪いのか判るんですけど、それを言ってしまうと、もう彼女には〈成長の伸びしろ〉が無くなってしまうので言えないのですが・・・・・・ついアドバイスのようなことを言ってしまうんですよね。 本来なら『自分で考えなさい!』って突っぱねるべきなのですが、今の時代、忍耐を持って技を身につけるという〈時代〉でもないので、そういうことができる人も少なくなりましたし、私も甘くなってしまいましてね。”  と苦笑をされる。 “あなたの親方さんは、このような時代に、あなたを立派に育てたのですから、今度は、あなたも弟子を育てて、受け継いだものを伝えていかなければなりませんね。”  と励ましてくださいました。       “私はね、自分のことを『職人』だと思っているのですよ。私も自らを律して技を磨き、全身全霊で字を書いてきました。 だから私は、あなたの価値観と非常に近いし、私は体力は衰えましたが、まだまだ良い字が書けるようになると思っているのですよ。”  と優しく笑いかけてくださいましたが、その中にある一瞬の気迫に圧倒され、私の身体は硬直しました。  その瞬間、不思議な『師弟関係』が成立してしまったような気がします。  いくつか経験がありますが、『多くの弟子を育て上げてきた本物の師』と、『厳しい修行を積み上げてきた弟子』というものは、ジャンルに関係なく、不思議と師弟関係が生まれます。

      私は京都の親方の元で20年の修行をさせていただき、独立をして地元へ帰ってきました。  その時に、“たった20年ばかりの修行で、この店を(精神的に)支え切れるのかねぇ?” と、正直なところ、我ながら疑心暗鬼になったものですが、周囲を見渡してみれば、この地元にも私の周りには、多くの〈師〉が私の仕事を見守ってくださっていることを、今は感じることができるようになり、とても感謝しています。      私は、まだまだ修行がたりない若造でございます。  と、ただただ恐縮するばかり。