競争相手が少ないからこそ

 私がオリエンテから独立をした前後に、(異業種の)職人仲間たちから、よく言われたことは “コントラバス職人は競争相手が少なから良いよね。” と。    確かに、それこそ大工であったり、ギター職人であったりバイオリン職人に比べたら、(需要に対して)圧倒的に職人の数も少ないわけですが、だからといって、“その環境に甘えてしまうのは、どうだろう?” と思うわけです。        今現在、世の中は消費が冷え込んでしまって大変な時期ですが、こんな時期だから、余計に考えてしまいます。 “うちの店は、コントラバス業界というものに甘えて生きているのではないだろうか?”        厳しい言い方をすれば、需要に対して供給が追いついていないコントラバス業界は、他の業界に比べて、少々技術や知識が足りなくても〈仕事〉として成立してしまう。  それは動かせない、間違いない事実だと思います。     “じゃぁ、『絃バス屋』という店は、どうなのか? どうあるべきか?” ということは、開業当時から、いつもいつも自問自答し続けています。  

   実際のところ、こんなに電気系の機材の研究をしなくても、おそらく〈商売〉は成立します。  楽器の調整技術にしても、ここまで精度の高い調整を提供しなくても、おそらく〈商売〉として成立します。    おそらく〈商売〉として成立させるだけであれば、私は、そもそも職人として、ここまでの〈努力〉は不要だったと思います。      それが、良くも悪くも、今現在のコントラバス業界です。        ただ、これからの時代は、そんな〈のんびり〉な気分では生き抜いてはいけない時代が到来するように感じています。    それだけ〈音楽の精度〉が上がってきたように思います。  コンサートホールであれば音響の設計の精度であり、音響機材の精度であり、音楽に対する理解の精度であり、演奏技術の精度であり、〈音楽〉というもの付随する様々なものの〈精度〉が、(特に)ここ数年で急激に進化を始めていて、おそらく、それがこの先、退化することは無いであろう世界を、日々の仕事の中で感じています。      そのような激動の時代の中で、“ボ〜ッと仕事をしていたら、自分の存在は(音楽業界において)無価値になるんだろうなぁ。” と感じるわけで、結果的に仕事の日も休みの日も関係なく、追い詰められたように、ずっとコントラバスのことを考え続けることになるわけです。        そもそもコントラバス専門店などというものは、本気で〈商売〉として考えたときに、決して割りの良い商売ではありません。  本気を出せば出すほど、肉体も精神もボロボロになります。    だから若い人々に “コントラバス職人は良いぞ。” とは決して言えません。  そんな職業です。        それでもコントラバス屋としてあり続けるのは、いつも申し上げますように『音楽という文化の片隅に身を置きたい。』ということなのかな、と自分の思考を整理すると、そういう答えが出てきます。            おかげさまで、このような事態の世の中においても、相も変わらず皆様に可愛がっていただいて、いつも通り仕事をさせていただいておりますが、このような事態の世の中だからこそ、職人としての自分自身を見つめ直す良い機会だと考えています。