研ぐ その2

 『刃物を研げるのか? それとも研げないのか?』というのは、私自身、職人としての生命線だと思っていて。

 オリエンテ(ヒガシ絃楽器製作所)時代に、毎日のように鑿(のみ)や鉋(かんな)を振るって楽器を作り続けていた頃、腰と肘(ひじ)を痛めてしまったことがあります。 “このまま続けても、長くは保たないだろうな・・・。”  と考え、これまで以上に徹底的に刃物の研ぎの精度を上げて、力を入れずに材木を削ることで、身体への負担を軽減することにしました。  研ぎの精度を上げていくと、今度は、その刃の鋼(はがね)の強度が一般の刃物では追いつかず、欠けてしまいます。  そこで次に、研ぎの精度が高ければ高いほど、天井知らずに切れ味が上がっていく刃物(最高級品)を求め始めます。  ・・・で、最終的に行く着くところまで行ってしまった・・・という感じでしょうか?

 刃物を研ぐときは、第一段階で〈無心〉の状態に自分を持っていきます。  〈頭の記憶〉を封印して〈身体の記憶〉を引き出さないと、刃物は研げません。そのための〈無心〉です。

 そして、ここからは、おそらく私の独特の世界観だと思うのですが、一度〈無心〉まで落とし込んだ思考が、今度は〈無意識の意識〉として頭の中で動き始めます。  一種の白昼夢のようなものなのかもしれませんが、あくまで現実的に、理論的に、そして冷静に、自分の普段意識していないような想いがグルグルと頭の中を回り始めます。  潜在的な、自分でも感じていないはずの期待や不安、過去の忘れ去ったはずの記憶の奥底にある昔の風景など、色々な思考が混ざり合い浮かんでは消えていきます。  こうなってくると、自分としては絶好調、完全に頭と身体の〈意識〉の分離に成功したことになります。  こういうときは、良い刃物が研げますね。  そして、不思議なことに頭もスッキリします。

 『刃物を研ぐことが上手い職人は腕が良い』というのは、あながち嘘ではない気がします。  それには幾つかの理由がありますが、一つは『刃物は、研がないと切れない』ということ。切れ味の良い刃物を扱える職人は、それだけで(技術的に)圧倒的に優位だと思います。それだけ『精度の高い仕事が可能』というわけです。  あと幾つかは・・・文章が長くなるので、ご来店いただいたときにでも、お話ししましょうか。