書く以上、責任がある。

 書く以上、責任がある。

 ということは、充分に理解している。


 楽器の調整技術の話題の時の、弦の振動の方向性の解説などは、物理学を専門に学んでいる人から間違いを指摘されるかもしれないと、投稿をする際に、いつも緊張します。

 アンプや音響機器に関しても、電気系の専門家から間違いを指摘されるかもしれないと、投稿をする前に、いつも緊張します。



 今のところ、大きな間違いは犯していない…と願っています。



“こんな専門的な記事が必要なのか?”

 と、投稿している本人でさえ感じているのですから、読んでいる人からすれば、非常に難解な記事も多いかと思われます。



 しかし、現在の状況として、ネット上にはコントラバスに関する『嘘』の記事が蔓延しているのも事実ですから、それは訂正をし続ける必要がある。


 何が正しくて、何が間違っているのか?

 それを責任を持って明確にしていく。



 結局、『嘘』が常態化してしまうと、最終的に、演奏者がコントラバス職人というものを、信用しなくなってしまいます。


“自分自身が良ければ、それで良い。”

 という考えであれば、そんなことはしなくても良い。

 新入荷の告知と、パフォーマンス的な技術披露の記事を並べていれば、それで良いわけです。


 少なくとも私は、それが許されない立場の職人です。



 私が修行を始めた頃、まだ大きな材木と一人で格闘していた頃の話。

“俺たち職人は、樹齢100年以上の木を切り倒して使っているのだから、それから作るコントラバスは、100年以上使えるものを作らなければならない。 これが、100年以上生きてきた材木の重さだ。”

 親方から、何度も言い聞かされ“材木を無駄に扱ってはいけない。”と厳しく指導されてきました。


 この言葉からも、私たち職人は、その木が生まれた100年以上前、そして楽器になってから100年後、その中間に立っていることが、理解できます。

 軽く200年の時間の流れの中に、身を置いているわけです。



 そう考えたときに、やはりコントラバスの文化というものを維持して発展させていく義務が、職人には生じてきます。

 だから、目先の利益を追い求めるような職人は、本来の〈職人〉とは別の人種なわけです。




 おそらく、この先、コントラバスと音響機材の関係が離れていくことは有り得ないでしょうし、むしろ、今まで以上に緊密な関係性になってくる。


 コントラバス自体の音色も、これまで以上に精密なものを求められる。


 おそらく、退化することはない。




 演奏家は、コントラバス職人よりも、ずっと前を歩んでいる。

 私も、それに追いついていくのが精一杯。


 演奏家は、進化し続けているわけで、音楽の文化というものも変化を続けている。


 結局、追いついていないのは、職人だけ。

 それが現実。



 う〜ん、私は、いつか演奏する人々から、

“コントラバス職人に相談しても、何も解決しない。”

 と見放される日が来るのではないかと、ずっと緊張し続けています。


 どんなに技術も知識も底上げをしてみても、一向に安心感がない。


 それぐらい、今のコントラバスという文化の進化(変化)の速さというのは、驚くべきものだと体感しています。



“いつか、自分の技術と知識と感性が、世の中の演奏家が求めるものに追いつかなくなる日が来るのだろうな…。”

 と、思ってしまう時も、あるわけで。