性能の限界に挑戦

合板で作られた楽器の性能の限界に挑戦をする。    先日、近所の方から“使わなくなったコントラバスを引き取ってほしい。”との依頼がありました。  持ち込まれた楽器は合板で作られた国産品で、ネックが外れて、裏板は上部から半分ほどが剥がれていました。    依頼者から引き取ってから考えます。 “このまま修理したとしても、修理代だけでも高額になるから、現実的な販売価格にはならないだろう…。”

 それならば思い切って、高校生の娘が使う楽器としてレストアしてしまおうと考えました。    持ち込まれた方からの話では、この楽器は依頼者が50年ほど前に新品で購入され、ずっと手元に置いてきた楽器だそうです。    そう、これは50年以上前に作られた楽器です。      数ヶ月前から、仕事の合間に時間を見つけて作業を始めました。   〔指板を交換する〕  指板自体、あまり状態の良いものではなかったですが、使えないほどでもなかったです。  しかし、ネックに使用されている材木が、一般的なカエデではない。


 材質は不明ですが、カエデよりも、ずっと柔らかい材木が使用されています。 “これは、厚めの黒檀の指板を作らなければ、強度不足になる…。”  ということで、指板を交換します。    古い国産の楽器には、カエデやスプルース、黒檀などの、ヴァイオリンやコントラバスで使用される一般的な材木が使用されていない場合が多いです。    それはその当時、それらの材木を輸入することが難しかったからです。  特にコントラバスに使用するほどの大きさの材木となれば、大量に輸入することなどは不可能に近かったと思います。    そのため、各コントラバスメーカーは、国産の材木を試行錯誤しながら使用してきました。  現在国産唯一のコントラバスメーカーであるOrienteも、私が修行を始めた1995年にも僅かながら国産材を使用していた記憶があります。  もっとも、Orienteでは仕入れた材木を5年〜10年ほど材木置き場で乾燥させているので、私が見た材木は、おそらく1980年代に仕入れた材木だと思われます。     〔駒の重量を極端に軽くしてみる〕


 合板の楽器が鳴らない理由には幾つかの要因があります。  まぁ、少し難しい話をすると、単板の場合(特に表板の)振動は繊維に沿って一定方向に進むが、合板の場合は振動の方向性が定まらない。  そのため、振動伝達の効率が非常に悪い、と考えられる。    そんな難しい話よりも、より単純に。  合板は表板(スプルース)よりも硬く、裏板(カエデ)よりも柔らかい。  もう、これを聞いただけで、ダメな感じがしますね。  そういうことです。      ただ、その『合板は表板よりも硬く、裏板よりも柔らかい』ということが理解できていれば、あとは職人の調整技術でバランスを整えてやれば、それほど違和感なく使用できる楽器に仕上げることができます。      駒を軽くすると振動伝達の効率が良くなる。    かといって、駒を薄くすると音の芯ばかりが強調されてしまう。  それは、楽器本体が鳴りにくい合板の楽器にて致命的なこと。    そこで、通常よりも豪快に面取りを行いました。 “なぁ。これって、どこまで削り落とせると思う?”  あるとき、私の調整した駒を眺めていたOrienteの二代目が言いました。 “見た目の美しさを無視すれば、強度的には、かなり派手に削り落とせるとは思うけど。”  と、私は答えたような気がします。    とはいえ、やはり見た目の美しさは重要なので、今回の面取り作業はこれぐらいで納めました。    最終的に完成をして試奏をした感想としては、非常に良かった。  非常に軽いタッチで音が出せるので、弓の初動が非常に軽く早い。    ただ『いつものより少し多めに削っているだけ』なのに、まるで神経戦のような精神的な疲労が大きかったので、あまり日常的にやりたい作業ではありませんでした…。     〔ピックアップマイクをつけてみる〕  元々は、取り付ける予定ではなかったアジャスター。  この楽器、もう1ヶ月近く前に完成していたのですが、店に置いておいたら弦高が下がってしまいました。  単板ではなく合板の楽器なのですから、温度や湿度で大きく変化することはありません。  問題は、合板であること。  現代のOrienteで使用している合板と、50年前の合板では、材質も製法も違います。  現代のOrienteの合板である成形合板は精度の高い製法を用いていますが、当時のコントラバスで使用される合板は、そもそもそれほど精度の高い製法で作られていません。  正確には『コントラバスで使用される合板』だけではなく、その当時の世の中全ての合板の精度は低かった。    その結果、弦から掛かる圧力に屈した表板が、少し下がってしまいました。   “どうせアジャスターを付けるなら、思い切ってYAMAHIKOを取り付けよう。”  ということで、店に余っていた旧型のYAMAHIKOを取り付けました。  テールピースにピックアップのジャック用の台座もついていたので、ちょうどよかったです。


  〔ペグは新品だけど古っぽい〕  こちらは以前に『メッキを剥がして薬品につけたペグ』の記事を投稿しました。


 それと同じ加工をしたものです。    なぜ新品のペグのメッキ剥がし加工が必要なのかというと、このように古い楽器のペグを交換するときに、真新しいものよりも、使い込まれた雰囲気のものの方が相性が良いからです。          あとは細かい部分も幾つか手を入れてあります。  『見た目は古いけど、実はフルレストアされた現代的なセットアップの楽器』が完成しました。    本来であれば娘に〈あのグリガ〉などを使わせても良かったのですが、高校の吹奏楽部には当店の娘であることは認知されています。  だから、あまり派手な楽器を娘に与えると、目立ってします。  そこで『見た目は地味だけど、非常に高性能な楽器』を用意してみました。      ただ、残念なことに新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で部活動も停滞気味で、なかなかこの楽器が活躍する機会がありません。      高校生が吹奏楽界でコントラバスにピックアップをつけて、ベースアンプで鳴らしている姿を見てみたいと思うのですが…。  さて、そんな機会は訪れるのでしょうか…?    しばらくは当店に置いておくことになりそうなので、興味のある方は、ご来店の際に試奏してみてください。