私が職人を始めて約30年になりますが、30年前と現在で、果たしてコントラバスの調整技術というものは、どれほど進化してきたのか?
そう考えた時に“実は、大して進化してこなかった。”ということに気が付きます。
そう、実は大して進化していない。
コントラバスという楽器の30年の進化を考えてみる。
まず思いつくのは、エンドピンの進化。
特殊な構造や特殊合金性のものなど、近年、多くのものが開発されています。
そして、ウルフキラー(ウルフエレミネーター)の進化。
当店で扱うことは少ないですが、これも多くのものが開発されてきました。
そして当然、弦も進化しています。
電気的なところでいえば、ピックアップマイク、プリアンプ、パワーアンプ、DI、全てが進化している。
その上で、コントラバスという楽器本体の調整技術が進化してきたのかと考えると、やはり大して進化していない。
弦4本の音量と音質を揃える技術は発展していない。
ウルフトーンを消去又は減少させる技術も発展していない。
結局、周辺部品や周辺機器の進化に頼って、コントラバスという楽器は音が作られてきた。
これは、そろそろ限界がきているのではないかと、危機感を感じています。
大雑把に言ってしまえば、コントラバスの製作技術と修理技術は木工技術ですが、コントラバスの調整技術は木工技術ではない。
コントラバスの調整技術は『コントラバスの調整技術』でしかない。
だから、楽器製作や修理において、その辺りは進化をしている。
道具が進化しているから。
特に電動工具であったり、特殊な形状の刃物も手に入れやすくなった。
でも、どんなに製作技術や修理技術が進化しても、それだけでは調整技術は進化できない。
それは、この30年が証明しています。
30年前と現在では、コントラバスが置かれている音楽の環境は全く違う。
そこが理解できないと、おそらくこの先は文化の衰退、終焉しか見えてこない。
おそらく、コントラバス職人というものは消えることはないでしょう。
でも家電の修理をするときに現状よりも良くなって返ってくるなどとは期待しないと思いますが、それと同じように、将来的にコントラバス職人に対して演奏者が何も期待をしなくなる時代が来る。
それはやはり、文化の衰退だと思います。
その兆候は、実際、肌で感じる時もあります。
“あぁ、この人は私自身を信用していないわけではなく、そもそも〈コントラバス職人〉というものを信用していないのだな。”
と、ご来店いただいた方と話をしていて感じる時があります。
そして、“この感覚は、いずれどこかで弾けて、この不信感が一般論になるだろう。”とも感じます。
この問題は、なかなかに難しく、なかなかに悩ましい問題です。
私一人で解決できるものでもないし、職人たちだけで解決できる問題でもない。
これは演奏者も、周辺機材・部品の製作者も含めて、コントラバスに関わる全ての人たちが、みんなで考えていかないと、もはや止められない状況にまで追い詰められてしまっているように感じます。