コントラバスの文化を衰退させないために

 私のような面倒くさがりの職人が、今までにはないコントラバスの調整方法であったり、電気系の新しい機材であったり技術であったり、そのようなことを研究しているのは、なにも興味本位で追求しているわけではなくて。      私が修行を始めたのが1995年ですから、20年というよりも、もはや25年ほど前になるわけですが、その25年前と現在では、コントラバスが置かれている環境、またはコントラバスに求められる〈音〉というか、その存在意義というか、そのような根本的なものも含めて、全てが変わってきていると感じます。  それは音楽のジャンルを問わず、クラシックでもジャズでも、ロックでもロカビリーでも、吹奏楽でも。    この25年間、オリエンテでも時代の流れに応じて、公式発表はしてきませんでしたが、微妙にネックの太さであったり、楽器の鳴りに直結する板の厚みであったり、塗装の技法であったり、その時々に、その時代の最善を汲み取って楽器製作をしてきました。      私が絃バス屋を開業した頃に、オリエンテ時代から付き合いのある楽器商に “私は、今のコントラバス界は、演奏家と職人の間の意識が、大きく乖離(かいり)していると思います。” と、ズバリと言い切られました。  私自身、オリエンテの二代目とともに、現代におけるコントラバスの役割というものを、様々なジャンルにおいて、演奏家が求めるものを追求してきたつもりではありましたが、実際のところ、開業当時は、オーナーの方々と話をしているときに、“その考え方は、ちょっと今の時代に合ってませんね。” と指摘されることが多かったように思います。    そうやって様々なオーナーの方々と、その楽器たちに関わらせていただくことで、今、演奏者たちが求めているコントラバスの〈音〉は、職人側の、これまでの技術や知識・感性だけでは追いつかないことを痛感したわけです。        これまで『ウルフトーンは消せない』ということが通説だったわけですが、それは視点を変えれば『多少、ウルフトーンが鳴っていても演奏に支障がない。』という価値観がコントラバス界にあったわけで、少なくとも当店へご来店いただいているオーナーたちは『ウルフトーンが鳴っていては、演奏にならない。』という意識なわけで、技術的にウルフトーンが解消することを、私に要求します。  そうなると必然的にウルフトーンを解消する調整技術が発達するわけです。

 電気系においても、コントラバス以外の楽器は、どんどん高性能の機材が開発され、それが定番化されることで、よりリアルなサウンドを得られるようになったところ、コントラバスだけでは時代に置いて行かれて、妙に膨らんだ低音と響のない高音域が〈定番化〉しています。  世の中の演奏家たちが、それで納得するのであれば問題ないのですが、“そのところ、もう少し何とかなりませんか?” というオーナーたちが相談を持ち込んでくださるので、結局、当店のプリアンプは際限なく進化し続けることになりますし、また、それらの機材を使用する際にバランスの良いコントラバスの音を作り上げるための、楽器自体に対する調整技術も進化します。        私自身、ご来店いただいたオーナーたちと深い議論を交わせば交わすほど、以前にも申しましたように、コントラバスを取り巻く環境の急激な変化というか、進化というか、そういう流れに困惑することさえあります。  ここ最近、“やっと自分の意識が時代の流れに追いついてきたかな。” と漠然と感じることができるようになりましたが、それでも追いついただけでは『後手・ごて』なのですから、その先が読めるように精進する必要も強く感じます。        コントラバス職人としての伝統と継承につきましては、親方のもとで20年ほど修行をさせていただき、親方の想いを継承させていただきましたので、その部分については、私の職人として生きていく上での血肉(ちにく)でありますから、今更、あれやこれや考える必要もありません。  重要なことは、その『伝統』と『先進』を両輪として、バランスよく進んでいくことなのかな、と思います。        今までの価値観で突き進んでみても、おそらく音楽の文化というか『コントラバスの文化』というのは衰退していくと思います。  それは演奏家に責任があるわけではなく、それをサポートする側の弦楽器職人が足を引っ張ることが要因となる、文化の衰退。    ちょっと猛毒のようなネタですが、あながち間違っているとは思いません。