今回は『低音』の話。
普段、店で鳴らしているスピーカーは、Electro-Voice(エレクトロ・ヴォイス)の『EVID 6.2』というものがオリジナルで、本来は直径15cmのユニットが搭載されていたところを、Parc Audioの13cmと10cmという2種類のユニットにサイズを落として改造してあります。
おそらく、1990年代までのオーディオの世界では『低音』というものはユニット単体だけではなく、エンクロージャー(箱)の中でも〈響き〉として増幅させていたように思います。 その後、2000年ごろから、小さめな箱に大きなユニットを押し込んで、そこで低音を作り出すことが主流になってきます。
とはいえ、そのような構造は昔から無かったわけではなく、主にライブなどで使用される『モニター用スピーカー』が、現場でのハウリングの対策として響きの少ない設計をされていましたが、Electro-Voiceの『S40』やBOSEの『101MM』(生産終了)など1980年代に設計され今も活躍しているモニター用のスピーカーよりも、実際は現代のオーディオ用のスピーカーの方が響きが少ないように思います。 そういう部分からも、30年前と現代の『低音』に対する考え方の違いが看て取れるかと思います。
総じてスピーカーの箱が小さくなってきたことには幾つかの理由が考えられるかと思いますが、その善し悪しは別にして、小さな箱に大きめなユニットを搭載する設計では、音に空気感を感じることは難しいかと思います。 というのも、この場合、低音の出力はスピーカーユニットの振動を主体に作られるので、振動が止まれば音も止まります。 古い時代のタイプの、大きな箱に小さめのユニットだと、そもそも空気を振動させて低音を作っているので、音の余韻(よいん)や空気感は表現しやすくなっています。(ユニット自体も、そういう設計になっています。) 逆に、現代の、ハイレゾ音源など近年よく言われるとことろの『音の解像度』に関していえば、前述のユニットの振動を主体として低音を出すような設計の方が、鮮明な音が出るかと思います。
さて、ここでコントラバスに話題を移すと、実は、現代のスピーカーの設計と同じような現象が起こっているような気がします。 絃バス屋を開業させていただいて、幾つものコントラバスの調整をさせていただきましたが、その多くは『現代的なスピーカーと同じようなセッティング』です。 簡単にいうと『楽器の音の響きを、楽器全体ではなく表板に依存した調整方法』とでもいうか、音の輪郭・・・特にハイポジションの音を明瞭にするために、あえて楽器全体の鳴り(響き)よりも、弦の振動を直接に受ける表板の振動の音を優先するような調整がなされている楽器を、わりと多く目にするような気がします。 これは単純に、良いとか悪いとか、そういう次元の話ではなくて、その楽器に関わってきた演奏者や技術者(職人)の求める『音(低音)』というものに対する感覚(イメージ)の中から作り出されたものだと思います。
いわゆるオーディオ機器のスピーカーだけではなく、現代の日常生活の中で、イヤフォンやヘッドフォンなどは内部の振動板の強制振動によって低音は作り出され、そこに空気的な『低音の響き』はありませんし、テレビのサラウンドシステムの5.1chに使用される低音専用のサブウーハーなども、箱の響きではなくユニット本体の振動で低音を作り出しているので、そこに『響き』は存在しません。 そういう意味で、私たちの生活には空気の振動によって起こる低音(=響き)よりも、何かが強制的に振動することで発音する低音を多く耳にしながら生活をしているわけで、むしろ『強制振動による低音の方が自然である。』という感覚になることも、仕方ないのかもしれません。 しかしながら、本来、コントラバスというものは表板だけではなく、裏板・横板も含め楽器全体を振動させ、楽器内部で『低音』を作り上げることで、その楽器の本領を発揮するわけで、その『空気感のある低音』という部分を忘れて調整をしてしまうと、結果的に『鳴らない楽器』が完成します。 現代に求められているものは、やはり『明瞭な低音』であって、そこを捨てて『響き』だけを重視するような調整をしてしまうと、これまた『時代遅れの、音程感の無い使えない低音』になってしまいます。 そのあたりのバランス感覚というものは非常に難しく、そういう細かな音の調整が可能なのが『コントラバス専門店』なのだろうと思いますので、一度、楽器の調整の際に担当される職人と相談してみてはいかがでしょうか?