そのまま放置しておくと『グリガは鳴らない』という価値観が定着してしまいそうなので、『グリガのコントラバスの調整方法』を、ご紹介します。
というのも、当店の常連さんでも(本職を含めて)幾人かグリガのオーナーの方がいらっしゃいますが、先日の記事を読んでも、おそらく “俺の楽器、よく鳴るけど?” と、おっしゃるかと思います。
それは楽器の調整の際にもよく説明させていただいておりますが、『その個体に合わせた楽器の調整』がなされているので、低音域から高音域まで、バランスよく鳴らせることが可能なわけです。
いつも申しますように、楽器が『鳴る・鳴らない』ということに重要なのは、最終的に職人側の『楽器に合わせた調整ができるのか?』という次元の話になるわけです。
さて昨日の記事を読んでいただくと、グリガのコントラバスは、わりと板の厚みが均一で、表板の中心部を少し薄めにすることで、強引に音量を稼いでいる設計であることが理解いただけるかと思います。
ただ、これも昨日の記事に記述があるように、特に珍しいことではなく、私の感想ですと、グリガは、まだ良心的で、もっと楽器に負担をかけるような削り方をしている(業界では、わりと有名な)中国メーカーなども、存じ上げています。
コントラバス職人であれば、わざわざ分解して板の厚みを計測しなくとも、触れただけで、だいたいの板の厚みを感覚で感じ取れるもので、私も以前から、このグリガというメーカーの楽器の板厚は、およそ知っていました。
その上で、この楽器の調整方法を考えたときに、一番適切な調整方法が『あくまでも、基本に忠実に調整をする。』ということだと感じました。
コントラバスの駒を調整するときに、『どのような音色に仕上げるのか?』ということをイメージするわけですが、コントラバスの音色には、音の〈芯〉と〈響き〉と〈輪郭〉の3つの要素があって、それぞれの太さというか強さというか、そういうものをバランスよく整えることで、最終的な楽器の音色を決定していきます。
初めてご来店いただいたオーナーから受ける質問の多くに “駒が薄い方が良く鳴ると言われたのですが、本当ですか?” というものがあります。
実はこれ、大きな間違いです。
駒を不必要に薄くすることは、音の〈芯〉ばかりが強調されて〈響き〉が消えます。
これは、特にバイオリン職人がコントラバスの駒を調整した際に非常に多い事例で、この事例だけでも『バイオリン職人にコントラバスの調整は難しい』ということが、わかるかと思います。(もちろん、全てとは言いません。)
コントラバス特有の低音の響きには、駒の一定の厚みは必要不可欠です。
ただ、当店にグリガの調整に持ち込まれた際に、圧倒的に駒が薄い楽器が多いのは、『楽器の鳴りが弱い』という判断から、駒を薄くすることで、音に強い〈芯〉を与えて、聴覚上、楽器が鳴っている(音量がある)ようなイメージに作り上げているのでしょうが、それでは音に〈響き〉が無くなってしまうので、結果的に楽器の音量は下がってしまいます。
私が思いますに、グリガの楽器の構造を考えると、あえて駒を厚めにして、本体の鳴りが弱いぶん(=ちょっと表板が厚め)、駒の上で音の〈響き〉を充分に与えて、あとは個体差に合わせて、〈芯〉と〈輪郭〉を作っていくと、低音域から高音域まで、音色の変化が少なくバランスの良い音が作れます。
とにかく、グリガの音作りの肝(きも)は、『どうのように、音に〈響き〉を与えるのか?』ということになります。
私の経験上、グリガという楽器は、見た感じのスタイルはイタリア系の明るくて軽めの(?)音色が出てきそうですが、実際は構造から考えると、ドイツ系の、ドッシリとした音色で調整をした方が、その楽器の性能を引き出すことができるように思います。
全体的に考えてみても、特別問題があるほど板の削りが厚いわけではないので、そこは手を掛ける職人が要領よくバランスをとって調整をすれば、特に問題もなく楽器を鳴らすことは可能です。
確かに、先日の『手抜き製作』は問題ですが、それでも全てのグリガのコントラバスが手抜きをされて製作されているわけではないということは、私自身、これまで修理を重ねてきての経験から理解しています。
だから、今回の『手抜き製作』と『楽器が鳴らない(=鳴らしにくい)』という現象を直結して考えてしまうのは少し乱暴で、むしろ、『グリガという楽器の構造を、よく理解せずに調整している職人側の、知識不足と技術的未熟ゆえの無責任』が問われるわけで、楽器自体が欠陥があるわけではありません。
“グリガは鳴らない。” と言う職人がいるのであれば、己の未熟を宣言しているようなものです。
そのあたり、誤解の無いように、ちょっと強調させていただきます。