オリエンテの二代目の楽器

 昨日は、お休みをいただきましまして、霞が関で事務仕事を片付け、そこから江戸城(皇居)内堀の反対側にある科学技術館まで散歩をしながら、弦楽器フェアに行ってきました。 


 普段から電話では、よく色々と話をするのですが、オリエンテの二代目と会うのは一年振りで、昼過ぎから夜中まで延々と話し込み、帰宅したら日付が変わっていました。

 昔から、技術論などを話し出すと止まらなくなり、お互いに “話のネタなら、幾らでもある!” と言わんばかりに、本当に終わりません。

 元々、二代目も私も『親方に教わった』という経験がないので、『誰かに技術を教える』という価値観は存在しないのですが、私と二代目の間だけは、昔からお互いに研究した成果を見せ合い、お互いの技術を高めてきました。

 私が独立する際にも、それまで誰にも話したことになかった『技』を、二代目だけに、こっそりと伝えてオリエンテから独立しています。




 最近のオリエンテ、かなり興味深い楽器(当然、コントラバス)を製作したりもしているようで、写真を見せてもらったり、設計のコンセプトなどを聴きながら、“おいおい、そんな面白い話、なんでウチ(絃バス屋)に振ってこないのさ?” と二代目に突っ込んでみたり。

 “ちょいと、その写真のデータを、こっちに送ってきなさいよ。” と二代目に言ってあるので、彼が忘れていなければ、近日中に紹介できるかと思います。




 今回のオリエンテの出展で特に興味深かったのが、二代目が一人で作り上げたコントラバス。 オリエンテは職人たちの分業が基本なので、『Oriente』とラベルが貼られていて、しかも個人製作となると、親方と二代目と、過去に私が作った楽器のみで、非常に珍しいことです。


 トンと軽く楽器を鳴らした瞬間に、“二代目、また腕を上げたな。” と感じます。

 音の中心に確実に芯がありながら、その周囲には柔らかくも明瞭な響きが、心地よく纏わり(まとわり)付いています。

 オリエンテの・・・というよりも、親方である東澄雄は、非常に柔らかい音色の楽器を作ります。 それに対して二代目は、時代に合わせて、父親である親方の『柔らかい音』を継承しつつも、その音の中に芯を入れます。

 私などは、確かに『東澄雄から受け継いだ者』ではありますが、“お前の音は、どうも硬すぎる。” と、よく言われたもので、私自身、それを自覚しながら、そこに信念を持って突き進んできたので、そういう意味では『正統派』ではありません。

 そういうものを思い巡らしながら二代目の楽器を鳴らすと “まさしく、オリエンテの正統な後継者だ。” と感じるわけです。




“俺なんか、なぁんも考えずに作っているだけだよ。” と二代目は言うわけですが、当たり前ですが、何も考えずに、あんな『狙わなければ作れない音』の楽器は完成しないのです。

 低音をボアボア出して『柔らかい低音の楽器』と称するコントラバスを作るのは、実は、たいして難しくありません。

 難しいのは、『音に芯がありつつも、豊かな響きを持たせた楽器』すなわち、音程感が明瞭でありながら、その音に深みと響きを与える、そんな本来であれば相反するようなことを、楽器の調整ではなく、製作過程において、その楽器の本来の資質として持たせてしまうことです。

 その高度な技術を振るいながら、二代目は “なぁんも考えずに作っているだけ。” と、いつも笑うわけです。



“その楽器、欲しい。ちょいと、こっちに廻しなさいよ。” と言ったものですが、ちょっとタイミングが合わず当店で扱うことは難しそうだったので、“それじゃぁ、次、さっさと作って送ってきて♡” と発注しておきました。

 近いうちに、オリエンテの新しい時代の、これから進むべき道を示すような、そんな楽器が当店に送られてくるような、そんな期待を込めて待ってみます。



 ところで・・・“まだ、これ使ってるの?” と思わず笑ってしまった、キティちゃんのチューナー。

 10年ほど前に、どこかの展示即売会に出展したときでしょうか?

“んぁぁ〜!! チューナー忘れた! ちょっと、その辺りのブースで買ってくる。” と二代目が買いに走って、買って帰ってきたものが・・・これ。

 昨日は、これをオリエンテの隣のブースのインド人に見せたら、大爆笑していました。


 それもまた、オリエンテ。