『調整』という魔法の言葉。その2

『調整』という魔法の言葉。その2

“『楽器の調整』とは、なんですか?”  と問われると、意外と答えに悩む『調整』という魔法の言葉。    この曖昧な(あいまいな)言葉は、商売としては非常に使いやすく、仕事としては非常に使いにくい言葉。  〈修理〉とまではいかない細かな作業を、丸っと全部まとめて〈調整〉という言葉で片付けても、嘘だというわけでもないわけで。    とはいえ、私の場合は、ご来店されたオーナーと相談をしている時も、あまり〈調整〉という言葉は使わずに、『各弦の音量のバランスを整える』とか『ウルフトーンを解消する』とか具体的な提案というか作業プランを提示するというか、そのような受け応えが多いように思います。        結局のところ『楽器の調整とは、何なのか?』と問われると、私としては『演奏者の〈意思〉と楽器の〈意思〉を合わせる作業』になるかと思います。  先日、そのような話を書かせていただきました。  【『楽器の調整』というものの可能性】      〈調整〉というものは、単に『(演奏者の好みで)演奏しやすくする』というわけでもなく、『(物理的に)楽器を鳴りやすくする』というだけでもありません。   “絃バス屋さんの調整って、全然、演奏者側に寄せてくれないのに、なぜか弾きやすくなる。” と常連さん達に笑われてしまうことが多いのですが、意外とコントラバスという楽器の調整方法は、あまり難しいことを考えずに、その楽器が、どのような意図があって設計されているのかを読み取って、そして現状(=調整前)で出される音色と、そもそも設計から予測される音色の差(ギャップ)を埋めてやれば、構造上に問題のない楽器であれば、だいたい弾きやすくなります。  そのため、『あまり(無理に)演奏者に寄せて、音を作る必要はない。』とも言えるわけです。  『設計から音を読み取る』というのは、コントラバス製作の経験があれば、特に難しいことではありませんので。      ただ、重要なのは、技術的な問題ではなく(=それぐらいは、できて当たり前の世界なので)、職人側の感性の部分で、演奏者と共感できて、楽器と共感できるか、なのかなと思います。         上記のリンク先の先日の記事も、その先日の記事に載せてあるリンク先の記事も、結局は同じような視点の内容なのですが、徹底的に突き詰めて調整をした場合、『演奏者と楽器が一体となって音を奏でる』というよりは、『演奏者と楽器が、お互いを補完しあって音を奏でる』という領域に達するのかな、と思います。          語弊を恐れずに申し上げるとして、私は音楽は、ある種の〈狂気〉を表現するものだと思います。 言い方を変えれば〈激情〉とでもいいましょうか。    先日の、そのリンク先の記事のライブでも、常連のオーナーの瞬発的な〈狂気〉とでもいうか〈激情〉とでもいうか、まぁ今風(いまふう)に表現すれば “ぶっ壊れた感じ♡” というような音を奏でた瞬間、“オメェの〈激情〉ってのは、こんなもんかい? 俺なら、まだ余裕♡” と言わんばかりに、楽器の方は余裕の表情でドーンと音を鳴らすわけですが、その瞬間、楽器がガハハと笑っているような、満面の笑みを、その音から感じるわけです。    私は、その『表情豊かな楽器』に仕上げる作業が、『楽器の調整作業』だと考えています。      楽器というものは、演奏者の心の奥底に隠れている〈無意識の意識〉さえ表現する道具ですから、あまり演奏者の意思を押し付けるようなことはせずに・・・・・・ “オメェの〈激情〉ってのは、こんなもんかい?” と、楽器が、ちょっと上から目線で笑いながら語りかけてくれるぐらいの関係性が、丁度いいのかな、と私は感じています。          毎度、同じようなことを繰り返し書いているような気もしますが、楽器の調整ってのは、大切なのですよ。