『楽器を調整する』と言われても、実際のところ『何をどうやって、最終的にどうなるのか?』という部分が見えないと言われる方もいらっしゃるので、ちょっとだけ、私の楽器の調整の手順みたいな、お話を。
本来は、もっと色々な、そして複雑な条件(オーナーからの要望とか?)があって、その全てを頭の中で計算に入れつつ、最終的に〈音〉を作っているのですが、ここでは、かなり簡略化させて説明してみます。
例えば、先日記事にした、ラウンドバックとフラットバックという2種類の形状がコントラバスにはあるので、まずは、この2種類の形状の音の違い、そこを土台(基準?)として、ある程度、最終的な音の方向性を決めます。
ザックリいうと、ラウンドバックは『ドゥ〜ン』と鳴るのに対して、フラットバックは『ドーン』といったイメージで(構造上)楽器は鳴ります。 この時、ラウンドバックでいえば、小文字の『ゥ』が重要で、これは裏板をキッチリと鳴らしきれた場合に『ゥ』が出ます。 そのため、ラウンドバックは楽器を中心として、前後左右、360°に音が響くように、音を作り上げます。
フラットバックは楽器の構造上、前面に音が飛んでいく傾向があるので、その特性を活かして、楽器を鳴らした際に、瞬発的に『音の壁』を作り出し、その音の壁を前へ押し出すような音作りをしたほうが、いわゆるフラットバックらしい音になるかと思います。 ハイポジション、高音域に関しては、ラウンドバックの場合は音が放物線を描いて飛んでいくように、フラットバックの場合は手の甲でドアのノックするような、直線的でありながら、シュッと音が前に飛んでいくような音を作ります。
まず、そのように、ある程度〈基準〉となるような音を作り上げてから、その楽器の特徴(設計や構造や個体差など)や、演奏者(オーナー)の求める音などを、次の段階の作業で〈音〉の中に落とし込んでいきます。
基準となる音を作ってみたものの、それだけで完結できるほど、コントラバスは単純な楽器でもありません。 基本的に弦の数は4本、さらに低音弦が増えると5本、そのそれぞれ弦の1本ずつ音色や音量の微妙なバランスを整えていきます。
私の場合、調整の際には、よほど見当違いの場所に設置されているか、オーナーの要望する音色と、魂柱の立てられている場所によって作用する音色の差が大きいという場合以外には、あまり魂柱は動かしません。 その代わり、駒を削ります。
魂柱を動かしてみても、ある特定の音域をピンポイントで増幅させたり減衰させたりすることは不可能ですが、駒の場合は『どの弦が、どのように振動して、その振動が駒の上をどのように伝わって表板へ届くのか?』が読み切ることができれば、およそ、どの音域でもピンポイントで狙って音を作ることは可能です。 その応用が、『ウルフトーンを消してしまう』という技術になります。
そもそも、ウルフトーンを消すという技術は、ウルフトーンを消すために身につけた技術ではなく、通常の楽器の調整、音のバランスをとるための作業の中から派生した技術です。
ウルフトーンの場合は、弦振動が上手く表板に伝わらずに、振動が駒の上で渋滞することで共振して音が濁り(にごり)ます。 そのあたりの渋滞を、駒を削り、振動の交通整理をすることで共振は消え、結果的にウルフトーンは消えます。
同じように、『響かせたい音・響かせたくない音』を、上手く駒の上で交通整理ができると、全体的にバランスの良い音になります。 このような調整方法を用いると、魂柱によって強制的に低音を増幅させたり、または減衰させたりさせずに、楽器本来の自然な鳴りを引き出せるので楽器にかかる負担もありません。 このように、あれやこれや『調整』と一言でいっても、そこに至るまでには様々な工程があります。 私には、私の調整方法があり、他のコントラバス職人には独自の調整方法があるかと思います。 楽器の調整方法は、どれが正解で、どれか不正解というものでもありません。 最終的に演奏者が追い求める音楽に必要な〈音〉を明確に作り上げることができれば、それが正解なのかな、と思います。
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